家が、赤かった。
白かったはずの壁も、茶色だったはずの床も。
庭で青々と輝いていたはずの植物まで。
すべてが、赤かった。
ピシャン・・・ピシャン・・・・・・
テーブルの端からも、真っ赤な液体が床へと滴り落ちている。
恐る恐る、部屋へ足を踏み入れる。
ペシャッ と、音がした。
見ると、床一面に赤く浅い水溜まりが広がっていた。
『おとうさん!』
優しい笑みをうかべ、大きな手で頭を撫でてくれた父。
『お母さん・・・ッ!!』
何か悪いことをした時は厳しく叱り、良いことをした時は笑顔で褒めてくれた母。
『お姉・・・ちゃん?』
母に似て気が強く、自分が近所の子供に苛められたときは必ず駆けつけて助けてくれた姉。
『セリカ!ジン!!』
ようやく歩けるようになって、よちよちと自分の後をついて回っていた妹。
そして、つい最近生まれたばかりの小さな弟。
昨日まで笑っていたはずの自分の家族。
隣町の友達の家に泊まりに行くと言ったとき、父はいつもの笑顔で許可をくれた。
母には「先方の親御さんにくれぐれも失礼の無いように」と、数十分にわたって言い聞かされた。
「何かお土産を持っていきなさい」と姉は言い、まだ幼い妹はついていくと言って聞かなかった。
生まれたばかりの弟を抱き上げたら、無邪気な笑顔を向けてくれた。
昨日まで笑っていたはずの家族の、腕や、足や、頭が。
まるで、壊れた人形が破棄されたかのように、赤くて浅い水溜りの中に浮いていた。
季節は真冬だというのに、部屋の中は驚くほど蒸し暑かった。
血が暖かいというのは本当なのか と、頭の隅でぼんやりと考える。
ペシャ、ペシャ・・・
一歩踏み出すごとに、少年の真っ白な靴が赤く染まっていく。
『この腕はとうさんだ・・・こっちの足はかあさん。』
ふらふらと、少年は部屋を歩き回る。
『お姉ちゃんが泣いてる・・・セリカも苦しそう。あれ?ジンの顔はどこ?』
よろよろと、少年は家族の体だったものを集める。
一番酷くバラバラにされていたのは父。
妹は、右腕と左足がが無くて、小さな弟は首から上が鞠のように部屋の端に転がっていた。
そして、なぜか母と姉はほとんど衣服を身につけていなかった。
『海賊・・・』
家族全員を元通りにつなげて、並べて寝かせてから少年は外へ出る。
『ゆるさない・・・』
裏の倉庫から石油の入ったタンクを引きずってきて、家の周りにまく。
『復讐、してやる・・・』
ポケットからマッチを取り出し、火をつける。
『絶対に、俺は・・・ッ!』
生まれてからの6年を過ごした家が煌々と燃え上がる様を、少年はじっと見上げる。
暖かい家族との思い出が詰った家が真っ赤に燃え、その後真っ黒になるまでを、少年は微動だにせず見つめていた。
燃えるものが無くなって火が全部消え、柱だったものが真っ黒な墨に変化して。
建っていることが出来なくなって静かに崩れ落ちたころ、少年の姿は何処にも無かった。
そして・・・
その日を境に、少年が住んでいた町は地図から姿を消した。
プロローグ